2016年11月03日

人生初のアフリカ大陸・モロッコに上陸!! 山旅で世界一周後半〜マドリッド→シャウエン移動編〜 スペイン→モロッコ58日目 11カ国目後編

秋頃は登山シーズンたったというのもあって、なかなか更新できなくてすいません。。。汗 冬に近づいてきたというのもあり、少しは落ち着いてくると思うので、その間を狙って更新したいと思います、よろしくお願いいたします。m(_ _;)m

前編の続き。

http://nagataka-world.seesaa.net/article/441324658.html

PA240488.JPG

シャウエン行きのローカルバス。(トイレなし)

さてバスに乗るかと思いきや、スタッフ?の人が「色々サポートしてやったからチップを。」と。

少し助けてくれたというのもあるので、10DH、120円やってバスに乗り込む。

PA240489.JPG

車内はこんな感じ。

PA240490.JPG

写真の右下にある小さなカバン、貴重品やPC、デジカメ、パスポートなどすべてが入っている。盗まれないように気を付けないと。

PA240492.JPG

AM10:25ータンジェを発つ。

PA240494.JPG
PA240495.JPG
PA240496.JPG
PA240498.JPG
PA240499.JPG
PA240502.JPG
PA240503.JPG

PM1:30ー3時間かけてシャウエンに到着。


スペインのマドリッドからモロッコのシャウエンまで移動時間は約16時間半かかったな...。苦笑 疲れたー。


って...あれ?

ここはバスターミナルじゃない?中途半端な場所に降ろされてしまったウチは、ここはどこなのか全然わからなかった。

PA240504.JPG

バスが来るのを待ち伏せ?していたモロッコ人が「俺が道案内してやるよ」と言ってきたので、仕方なく地元の人にお願いして案内してもらう事に。

PA240505.JPG

いくらなんだ?10DHでいいよな?と10の数字を掲示したら、2人はOKと頷いたので、スーツケースをお願いして運ばせてもらう事に。

ザックも持たせてやるよと言ってきたが、追加料金でボッタくると予想は出来るので、断った。

PA240506.JPG

もう昼かぁ・・・

PA240507.JPG
PA240508.JPG
PA240509.JPG
PA240510.JPG

あれ?思っていたより遠い・・・?

PA240511.JPG
PA240512.JPG

スーツケース重いのが、坂道で必死にスーツケースを押すモロッコ人。

PA240513.JPG
PA240514.JPG
PA240515.JPG
PA240516.JPG
PA240517.JPG
PA240518.JPG
PA240519.JPG

宿に着いた、ありがとう!とモロッコ人に10DHあげたら、

10DHなんて少な過ぎる!!猛暑の中で重たいスーツケースを持たせてやったんだぞ!だから1人100DHだ、2人で200DH!

はぁ、バカに高くね?

タクシーだと150DH、オレらなら100DHだと言ってやがる。

高過ぎる、2人で50DHだ!と言うが、モロッコ人は首を縦に振らない。


50DH投げてやろうかと思ったけど、あいにくも100DH札しか持ってない...。( ;´Д`)相手は細かい小銭持ってない。

仕方なく授業料として「もう1人は何もせず歩いていただけだろ。だから100DHやるから、分けてやりなよ。」と100DH、1230円モロッコ人にくれてやった。


地球の歩き方を調べてみたらタクシー10DHだって...。苦笑 勉強不足だ、くそー(。-_-。:)

PA240520.JPG
PA240521.JPG
PA240522.JPG
PA240523.JPG

なんかオシャレなロビー?ですな。。肝心のウチの部屋はどうだろ・・・

PA240527.JPG

おっ?

PA240524.JPG
PA240526.JPG

HOTEL CASA KHALDI、シングルルームで一泊100DH。2泊で200DH、2400円。安い上に悪くないわー。

しかもWiFiサクサクでビックリ!

PA240528.JPG
PA240529.JPG

トイレとシャワールームは共用のようだ。

PA240525.JPG

モロッコの地図。

PA240531.JPG

さて、周辺散策でもしてくるか。

PA240530.JPG
PA240532.JPG

あっインフォーメーションだ。

PA240533.JPG
PA240534.JPG

次の目的地ー迷路都市のフェズ行きのバス時刻がある、メモらないと。

PA240535.JPG

ちなみにインフォメーション、シャウエンのMAPもらえないんだとか。壁に貼り付けているMAPを目でみてください、それだけだって。(。-_-。)

PA2405360000000000000000.JPG
(画像をクリックすると拡大します)

仕方なくiPhoneで写真を撮り、宿でプリントアウトしてもらった。(流れとしては、まず撮った画像を宿のオーナーのグーグルメールアドレス宛に送り、オーナーのPCでプリントアウトしてもらうという感じ)

PA240537.JPG

あれがATMのようだ。よかった、おろせるー。。。

PA240538.JPG
PA240539.JPG
PA240540.JPG

そういえば、昼飯はまだだったな・・・。

PA240546.JPG

このレストランに入ってみるか。

PA240540.JPG

うーん、どれにしようかな・・・

PA240543.JPG
PA240544.JPG

モロッコ名物のダニン。

全部で50DH、620円。野菜たっぷりでスゴイ助かった...!!(ちなみにサラダ、一皿で240円で安い!)

ヨーロッパよりヘルシーで栄養沢山摂れそうだ。。とはいえ、生野菜を食べても大丈夫なのかな・・汗

PA240548.JPG
PA240549.JPG
PA240550.JPG

なるほど、売店はこんな感じなのかー。

PA240551.JPG
PA240552.JPG

シャウエンも山があるんだな・・・。近いうちに登ってみよっかな。


マドリッドからシャウエンまで全然寝れてなくて完全に睡眠不足気味だったので、帰ってすぐ寝た。

おわり

今日の支出 12674円
(累計49万6932円)


2016年11月23日

2015年の思い出その1

やっと書きました、2015年の思い出を。(^^;)

2015年の思い出その1

http://nagataka-world.seesaa.net/article/444165591.html

2015年の思い出その2

http://nagataka-world.seesaa.net/article/444249933.html

2015年の思い出その3

http://nagataka-world.seesaa.net/article/444253497.html


■1月■

ー2014年12月31日〜2015年1月1日ー

PC310039.JPG

2014年12月に4ヶ月振りに帰国したウチは、日の出を拝めたくて、1人で12月31日夜に北海道の支笏湖周辺にあるイチャンコッペ山へ。

PC310083.JPG

今回はイチャンコッペ山頂で雪山テント泊なので、ザックは重量20kg近くもあって重い...。

PC310058.JPG

午後4時に登山スタートするが、30分も経たないうちに真っ暗に。\(^o^)/

PC310078.JPG

結局は夜間登山する事になってしまったが、珍しくも月の明かりがめちゃ明るくて、ヘッドライト無しでも登れた。

しかも、イチャンコッペ山頂まで見える。

去年、南米最高峰アコンカグア山トレッキングの時も、帰り道は月の明かりを頼りにして帰ったのが懐かしく思い出してしまった。

PC310099.JPG

あ、あれがイチャンコッペ山頂上・・・。

10915174_898851540149048_825985365630786977_n.jpg

登山スタートして3時間後、イチャンコッペ山(標高828.9m)に登頂。(ザックが重たかったせいでスロー気味に。)

10401363_898851560149046_4848476707672490092_n.jpg

2014年最後の昼寝。

PC310104.JPG

イチャンコッペ山で2014年最後の昼寝をした後にテント設営するが、やや強風が吹いてきて手の感覚がなくなりそう位、かなり冷えた。(マイナス10℃を超えていたかも?)

PC310121.JPG
PC310124.JPGPC310125.JPG

寒過ぎるあまりでテントの中へ逃げ込み、寝袋の中に入って北海道名物のジンギスカンでも食べて身体を温める。

P1010027.JPG

肝心の卵は凍ってました、はい。汗

数人の友人から「元旦はどこにいる?よかったら会うか?」とメールが来ていて、

「ウチは雪山にいるから来てー笑」と言っても、

「アホか。(笑)」と言われるだけがオチ。\(^o^)/

そりゃそうだ、アホなウチみたいに雪山に来れる訳がないよなーと寝ていたら....


なんと、駆けつけて来てくれたんです、


ウチの先輩、タクさんが。。

10303301_898850263482509_6524800287126946589_n.jpg

AM5:45ー「久し振りだな、元気か?」

まさか雪山のイチャンコッペ山頂まで来るとは思わなくて、すげー感動してしまった。

雪山のイチャンコッペ頂上まで駆けつけてくれた先輩のタクさんみたいな人、北海道中探してもいないだろう。


と嬉しさのあまりで

1656265_898851603482375_8071282874316729211_n.jpg

「ただいまです、明けましておめでとうございます!」と

雪山イチャンコッペ山頂で半年振りに先輩のタクさんと再会を果たしたのでありました。

111111.jpg

2013年1月、北海道の支笏湖にある紋別岳にタクさんと一緒に初登頂。

10227257_1990238109_34large.jpg

2013年1月、紋別岳でタクさんと一緒に元旦昼寝を迎えて以来、

S__6799501.jpg
S__6799493.jpg

2年振りにイチャンコッペ頂上で先輩のタクさんと一緒に昼寝して2015年を迎えました(笑)

PC310135.JPG

それにすげー寒かったな、雪山テント泊は...。(;´Д`A(寝袋はそれなりに暖かったけどね。)

10888835_896265027074366_4096483732324817762_n.jpg

ただいまです、日本。

10888851_896265047074364_3719442777298472358_n.jpg

あけましておめでとうございます、2015年もよろしくお願いいたします。

10898157_898851583482377_5346061819448149718_n.jpg

2015年初の昼寝。

10891862_896265060407696_3207072420832076630_n.jpg

やっぱ好きです、我が故郷の北海道の雪山が。

P1020032.JPG
P1020034.JPG

その後は拓山会メンバーでお鍋会。


ー1月10日ー

IMG_7166.JPG

新千歳空港で後輩の前田と再会。日本を発つ前に東京の猿島でデートして以来、実に2年振りの再会だった。相変わらず元気そうで。。。


ー1月12日ー

「山旅世界一周の代償。」

ウチは体力作りとしてボチボチトレーニング。(^_^;)

3日前、久し振りにランニングマシンを使って走ってみたのですが、、、

時速12kmの速度でたったの18分(距離3.5km)走っただけで脚がぶるぶる震えていて歩けず。気が付けば全身筋肉痛。

まじか、めちゃくちゃ衰え過ぎだ、ヤバ過ぎ。汗

体力を維持したまま旅行するってのが本当に難しかったなぁ・・・あの時は。まぁいっか。苦笑


ー1月13日ー

IMG_7172.JPG
IMG_7173.JPG
IMG_7178.JPG

北海道・千歳の実家から見た夜景。うん、小さい頃から全く変わらなくて好きな景色です、はい。


ー1月下旬ー

IMG_7349.JPG
(回転レース)

今回は栃木県でアルペンスキー選手(←1/31〜2/1日限定)として2年振りに全国ろうあ冬季オープン大会に参戦してきました。(^^;;

久し振りに多くの人達と再会して昔話を懐かしんだり、若者の成長に感心してしまったり...。(第一声の大半が「生きて帰って来れたな」とよく言われましたが苦笑)

そう感じてしまった自分はもう年を取ったんだなぁと改めて実感させられました。( ;´Д`)←同窓会に参加した気分です、はい。

ん?滑りの結果はどうなったって?

えーと、初滑りの大回転レースで運良く?3位でした( ;´Д`)

下手っぴのウチがたまたまマグレのラッキー的な滑りで一本目は2位だったので、銀のチョコレートが食べれる(≧∇≦)と思ったら、二本目はマグレが続かないまま撃沈し、結局はドウのチョコしか食べれませんでした(笑)

ドウの味がしてまずかったですが。←

回転?インスペクション忘れで滑った為に旗門不通過で失格に。(笑)
でも道楽として楽しめたので、大変満足しています。。


ー1月下旬 その2−

山旅世界一周を終えて12月に帰国したウチは、ようやく重い重い足をあげて就職活動スタートを切った。

どういった会社でどの雇用形態で何の目的で働くのか?を色々検討した結果、ウチはやはりヒマラヤ山脈とエベレストに登りたいので、期間工で1年400万円稼げる会社を探す事にした。肉体労働はかなりキツイが、期間工として働いた方が、貯金が貯まり次第、気軽に辞めれるので、雇用形態は期間工でいくことにした。


で、有力候補の会社がデンソー株式会社。なぜデンソーかというと、トヨタやホンダと比べて比較的楽で、手当もかなり美味しいらしい。

1月下旬にデンソー会社から期間工求人が出たので、LINE電話サービスを利用してエントリー。

が、担当者から何故か期間工ではなく正社員を募集しているとメールが。

ウチは正社員を断り、期間工で働きたいと伝えた。


■2月■

ー2月5日ー

P11700300000000000000000000.JPG
(画像クリックすると拡大します)

ウチのおかんと一緒に地元・千歳近くにある支笏湖の氷濤祭りにいく。(31年生きて初めての氷瀑まつりです、はい←)

よくあるといえば、地元で近いのに、なぜか一度も行った事がないってのを・・・。汗

P1170013.JPG
P1170008.JPG
P1170011.JPG
P1170010.JPGP1170009.JPG

すっげー、なんかロマンチックでいいやん!

P1170039.JPG

冬の支笏湖はいいよねー。。。

P1170043.JPG
P1170044.JPG

ウマっ!!


ー2月8日ー

デンソーと面接。履歴書に「趣味は旅行と登山で、49ヵ国渡航、世界4大陸の山に登頂制覇、自己最高 6088m ワイナポトシ山に登頂」と何気なく記入した箇所に面接官の目が点になっていて、「すげー・・・。」と絶句していた。

すると面接官から「実は私も登山が趣味でよく登っていましたよ。」となぜか登山の話で盛り上がっていた。

「これはイケる!!」と思い切って面接官に「エベレスト登頂を目指しているので期間工として満了までに働きたいです!!」とアピールして面接終了。(面接官はおお・・・っみたいな表情になっていましたが。)


ー2月9日ー

P1170075.JPG

札幌観光ガイドとしてロシア人友人達と観光案内で22年振り(小学3年以来)に札幌雪祭りへ、

P1170160.JPG

23年振り(小学2年?)にテレビ塔へ行き、

P1170185.JPG

テレビ塔の展望台で人生初めて札幌雪まつりの夜景を見ました。苦笑(;´Д`A (←やっとかよ。)

道産子のくせに人生初めて札幌雪まつりの夜景を見たウチって、、。(;´Д`A

P1170157.JPG

それに札幌雪まつりはデジタル化&国際化していますなー。。。代わりに滑り台があまり見られなくなったかな。(昔は滑り台けっこうあった)

P1170221.JPG

次はウチの地元・千歳近くの支笏湖・氷濤まつりへ。

P1170241.JPG
P1170243.JPG
P1170264.JPG
P1170277.JPG

ロシア人友人達から「さっぽろ雪まつりより支笏湖の氷濤祭りの方がめちゃよかった!!」と褒め言葉をいただきました。(笑)

あ、この2人は今ドイツに住んでいて、去年、山旅世界一周の時に泊まらせていただきました。(^_^)群馬の友人、Fさんの紹介で知り合ってからもう7年。本当にあっという間ですねー!!



ー2月11日ー

P1170382.JPG

札幌・大倉山ジャンプ競技場。


ウチは過去にアルペンスキー選手として14年くらいやっていたけど、

実を言うと・・・

アルペンスキー選手よりスキージャンプ選手になりたかったです。。。

どうでもいいカミングアウトですいません。(^_^;) 

P1170415.JPG

三十路の道産子のくせに人生初めて訪れた北海道の大倉ジャンプ台。

P1170439.JPG

ウチがバッケンレコードを塗り替えてみせると妄想してみる。

P1170442.JPG

飛んでみてぇ・・・。鳥になった気分で壮大な絶景を眺めながら気持ちよく飛んでゆくーまさにジャンパーだけの特権だ。。

P1170435.JPG

いつかマジでジャンプしてみようかな。

P1170546.JPG
P1170547.JPG

青函トンネル走行の在来線旅客列車、北海道新幹線の開業の関係で雄姿を見れるのが最後だと思うと、なんか寂しいな・・・。これも時代の流れですな、うん。


ー2月13日〜16日ー

P1170650.JPG

ウチは道産子の会長に誘われてサポーターとして応援しに沖縄に行きました。(^_^;)(※ちなみに9回目の沖縄です)

P1170597.JPG
P1170630.JPG

ウチらが泊まっているホテル、部屋からの眺めはグッドですね〜。

P1170770.JPG

ウチが爆睡した時に撮られてしまいました。泣 ってか、そんなに寝癖が悪かったとは・・・。苦笑

P1170609.JPG

アメリカンビレッジ、すげー久し振りですな。。確か、24歳以来7年振りかな。(^_^;)

P1170665.JPG
P1170705.JPG
IMG_7395.JPG

沖縄フルマラソン大会に参加したウチは見事に完走。と妄想してみました、はい。

IMG_7393.JPG
P1170806.JPG

人生初のマラソン大会、いきなり沖縄フルマラソンにチャレンジする会長。

P1170940.JPG

会長、頑張れー!!

P1180002.JPG

サポーターのウチは自転車で頑張って会長の走りを30km地点まで追跡していきましたw そして会長は大会参加選手しか入れない米軍基地へ突入。

P1180007.JPG

サポーターのウチは米軍基地の中に入る事ができず。せっかくなので、米軍基地の前で記念撮影。

P1180043.JPG

結果は・・・会長は残念ながらタイムアウト。でも米軍基地の中を走れたようでスゴイ羨ましい!!(←米軍基地内観光ツアーでもやってるので、大会に参加しなくても米軍基地の中を見る事が出来るようですが。。)

P1180047.JPG

最終日はオトコ2人でスイート部屋に泊まりました(^_^;)

P1180054.JPG

シーサーを食べ尽くす2人。

会長、本当にマラソンお疲れ様でした!!


ー2月14日 ー

P1170749.JPG

沖縄の海岸ビーチで昼寝している最中に親からの連絡がきて、デンソーは不採用になったと通知が・・。慌ててホテルに戻り、部屋の中でプチ就活開始。次の2社目はホンダの期間工にエントリー。

が、ホンダ求人スタッフから「聴覚障がいお持ちの方に仕事を紹介するのは難しいかと思われます。とにかく履歴書をください」と。「なんだこいつは。」と思った。

というか、無職になって3年目に突入しつつあってヤバいです。(ちなみに今年で31歳になります、はい。(^_^A; )


この後、沖縄からの帰りの際に那覇空港で想定外のトラブルが起きてしまい、帰路の路線を変更する羽目に・・・。苦笑

ー2月20日?ー

ホンダから不採用通知が来てあっけなく撃沈。


ー2月下旬ー

P1180167.JPG

世界一周の時にベルギーで一緒にグルメ食べ暴れ(?)したイトー夫婦と久し振りに再会。いつかお菓子食べ歩きの旅をしたいな〜。。。


ー2月下旬その2−

仕方なく前職と同じエンジニア業界に応募してみることにした。驚いたことに、CAD求人によると派遣社員の方が正社員より高い(時給1800円〜2300円)ようだ。

リクルートに職務経歴書を記入して登録。やがて数軒の人材紹介会社からスカウトメールが来た。

「わが社でよければ相談させてください、あなたが求めていた求人の会社を探してみます」と。ウチはおおーと「ありがとうございます。私は耳が聞こえませんが」と返事したら、「すみません、障がい者を雇用してくれる会社、探しても見つからないかもです、力になれなくて申し訳ございません。」と断られてしまった。

なにそれ、自ら声かけておいて、耳が聞こえないとわかった途端、ごめんなさいと振るなんで・・・。他の人材紹介会社も同様だった。さすがに信用できなくなってきたよ、人材紹介会社は・・・。


■3月■

ー3月5日ー

テンプなんとかの会社に派遣登録(横浜オフィス)。

テンプスタッフから「登録手続きとスキルチェックをしますので、横浜オフィスに来てください」と連絡があり、埼玉県から神奈川県の横浜まで電車移動して横浜オフィスへ。

スキルチェックテストを受けたとはいえ、どうやらCADのブランクが響いたらしく、3D形状作成と2D図面作成時間が目標タイムより1時間遅れてクリアとなってしまった。

そしたら、スタッフは険しい表情で「制限時間内にクリアしないと自信持って他社に紹介する事ができない」と言われてしまった。


ー3月6日〜3月15日ー

CADトレーニングとして週3回のペースで熊谷ー横浜オフィスへ通う羽目に。(合計6回)交通費が痛い・・・(往復2千円)

ついでに図面作成もトレーニング。


ー3月16日ー

派遣会社の営業担当と一緒に日本テクシー〇会社と面談。担当者から、スキルは問題なしだが、横浜だと設計業務の為難しいのこと。 

結局、名古屋の方で確認してみるという話に。

横浜オフィスに戻り、CADスキルテストで何とか制限時間内にクリア。

後で聞いた話だが、ウチの前職の富士重〇にも問い合わせたらしく、結果はダメだったようで。


ー3月19日ー

ATE〇会社(エンジニア派遣会社)と面談。 スキルは問題なし、コミュニケーション方法はどうやって?と質問があった。

で、面談した結果、試用期間3ヶ月でトライしてみようかという前向きだったらしく、内定リーチか?と期待。。

ー3月20日ー

貯金が底に尽きそうでヤバいと思ったウチはアルバイト探しに駅近くにある派遣会社に行って登録してみた。

スタッフ達、なんかやる気なさそうな姿勢で仕事をしていた。

1週間働けますと予定を入れてみるが、派遣会社からの依頼連絡なし。使えないな、〇ンレディースっていう派遣会社は。(~_~;)


というか、体重がやばい、ダイエットしに5qラン開始。。(確か、67sだったような?汗)


ー3月24日ー

テクシー〇会社から、名古屋の方は前向きに検討しているようで、職場訪問日調整をしているのこと。
再度スキルと意向を確認したくてプレス・板金知識や引っ越しなどの質問メールがきた。


ー3月25日ー

ATE〇会社と面談して6日後、不採用の連絡が。。。ATE〇会社は前向きに採用するという形で進めていたようだったが、勤務先の日野自動車会社から、「設計経験者でないとダメだ」という事で断られたのこと。ちーん。


ー3月31日ー

7日後、名古屋のテクシー〇会社から「本日まで、検討を頂いておりましたが、現場が非常に忙しい状況の為、担当者がウチに指示を出す準備が間に合わない可能性があって厳しいとの事で今回はお見送りをしたいとの事でした。」と。

まじかよ、ここまで来てまさかのどんでん返し・・・。ATE〇に続けてテクシードまで不採用とは。不覚にもダブルパンチを喰らってしまったウチは大きなショックを受けて凹んでしまった。就活の旅はまだまだ続きそうだ・・・。



■4月■

ー4月1日〜4月7日ー

テンプなんとかの会社からの連絡は無し。

他のエンジニア専門の派遣会社、インテリジェン〇会社に追加登録してみる。(求人5社エントリーしてみた)

ー4月8日ー

テンプなんとかの会社から連絡が来た。

「マクシスシン〇〇会社はいかがですか?設計者の指示のもと、業務を進めるといった条件での業務はOKのこと。」と。ウチは即答で

是非、エントリーしたいと返信。


ー4月10日ー

テンプなんとか会社から連絡がきた。「マクシスシン〇〇会社(エンジニア派遣会社)から職場訪問の依頼がきました。4月13日でどうですか?」と。


やった、わずかな光が見えてきた。


ー4月13日ー

神奈川県本厚木でマクシスシン〇〇会社と面談。

本厚木駅で合流したテンプスタッフの営業担当から「マクシスシン〇〇会社は派遣は難しい、正社員を求めているみたいだが、どうする?」と予想外の言葉で不意打ちされてしまう。

ウチは「すいません、派遣でないとダメなんです」と答えた。

営業担当「どうしても派遣でないとダメなのかい?」「はい」

すると「山のことならマクシスシン〇〇会社には言っていませんからね。」と予想外の言葉に動揺してしまったウチ。

なんで知っているんだ??と驚きを隠せなかったウチは「もしマクシスシン〇〇会社から何故、正社員は嫌なのか?と聞かれたら、正直に答えた方がいいのかね?」と尋ねると、営業担当は「隠すよりはまし。夢があるからと答えばいい。」のこと。


前回のデンソーの時は面接官にエベレストを目指しているので期間工で働いて金を貯めたいと答えたら見事に落ちてしまった苦い記憶があるので、デンソーの二の舞になるんじゃ?と少し戸惑っている。


マクシスシン〇〇会社と面談の時に担当者から退職した理由を聞かれ、ウチは模範的回答し、さらに「夢があって辞めました」と追加して答えた。


案の定、担当者から「夢はなんですか?」と聞かれ、8000Mヒマラヤとエベレスト登頂を目指していますと正直に答えると、担当者はぽかーんと啞然していた。

営業担当のアドバイス通りに答えてやったのに、担当者にとってはなんか逆効果だったみたい気がするんだけど・・・。

「あー終わった。。」と心の中で絶望を覚えながら面談を進めていくうちに担当者からこんな質問が。

「エベレストは本気かね?」

はい、本気ですと答えた。 さらにこんなことも聞かれた。

「富士重〇株式会社で働く事はできますか?ーー様を知っていますか?」

え?前職の富士重〇?まさか担当者がーーさんを知っているとは・・・。「やべぇ、ウチの過去がバレたらどうしよう」と動揺してしまった。


会社を辞めてから今まで1年半、寝ている時にみた夢は何故かウチは前職の会社に復帰していて、職場の皆から「何しに戻ってきたんだよ。」と冷たい視線で見られ、どういう訳が職場でウチ1人だけ孤立した日々を送るといった悪夢を2回も見てしまったのだ。

まじで正夢になったらシャレになんないと思ったウチは、それを避ける為に「仮に富士重〇で働く事になったら、前籍の職場に戻りたくないです、出来れば別の部署で働く事を希望します」と伝えた。


ー4月24日ー

面接して11日後、テンプなんとかの派遣会社から連絡がきた。

「契約社員として話を進めています。ただ、マクシスシン〇〇様から掲示された月収があなたが希望している金額とかなり乖離しているので、再検討して頂くよう交渉していますので、まってください。」のこと。


ってことは・・・・


採用するという方向で話を進んでいる??やった、もうすぐプーさん卒業できそうだ。。。

驚いたことに、マクシスシン〇〇の人事から、もしエベレストが終わった後に戻る予定があれば、ぜひ正社員を検討させてくださいと素敵なメールが・・・!!!

えっ?!まじで??信じられないんだけど。。。そこまで言われた事がなかったので、マクシスシン〇〇で働きたいと派遣会社経由でマクシスシン〇〇に伝えた。


ー4月27日ー

テンプなんとかの派遣会社から連絡がきた。

「交渉した結果、月収〇〇万円で決着がつきました。年収〇〇0万円は残業込みだそうです。派遣の時給(1700〜1800円)より安くなってしまっていますが、すぐクビ切られる派遣と違って契約社員は長く働けるというのがメリットのひとつでもあります。派遣の時給が高いのは切られやすい(3ヶ月)から、保険と交通費も含めて契約社員より時給高めに設定しているのです。それでよければ返事をください」

ということは・・・採用決定だー!!!やったー。。。 (今思えば、年収安過ぎるだろ?と思った。。苦笑)


早速OKの返事を送った。

就職活動を始めて内定をもらうまで約2ヶ月かかったのである。


ー4月28日ー

テンプなんとか派遣会社の担当から、「そろそろGWに入るので、神奈川県本厚木周辺の物件を探してみてはいかがですか?引っ越しの準備を進めても問題ありません」と。


そうだな、引っ越しに向けて物件探しを始めようと。。


■5月■

ー5月連休ー

11212756_966856246681910_8879353750817354197_n.jpg

2015年GW連休は10年振りに家に引き籠り、毎日、1日8時間以上テレビを見ながらゴロゴロする始末でした、ウチらしくなくてすいません。(^_^;)

今気が付けば、社会人になってあっという間に11年を過ぎ、12年目のGWもあっという間に終わりました。。。

せっかくなので、今までのGWを振り返ってみました。(^_^;)


ー19歳〜30歳まで11年のGW歴史ー

19歳・・・初給料に感動するのも束の間、パチスロで大負けし、GW連休明けまで全財産1000円しかなく、寮で貧乏生活。
20歳・・・GW前半は競馬とパチスロで130万円稼ぎ、ウハウハに。(後で消える羽目に。)GW後半はバイク1人旅で東北一周。
21歳・・・バイク事故に遭ってしまい、手術代と修理代など痛い出費でGWは寮に引き籠る羽目に。
22歳・・・車で北海道一周。
23歳・・・GW前半は南西諸島の旅(石垣島、西表島、新城島)、GW後半は北海道の道東一周。
24歳・・・5年振りに沖縄一周。
25歳・・・韓国の旅。
26歳・・・野沢温泉でアルペンスキー合宿。
27歳・・・台湾とカンボジアの旅。
28歳・・・20代最後の思い出を作るために幼馴染4人でインドの旅。
29歳・・・種子島と屋久島の旅。
30歳・・・友人と2人で北海道の旅。
31歳・・・埼玉県熊谷で引きこもり

22歳から30歳までのGWは9年連続旅に出かけていましたな、ふむ。。

去年は1年近くも世界を旅してきたし、もう充分過ぎるほど旅してきたから、今年の1年は旅をお休みにして家に引き籠るとするか。

※この写真は21歳の時に寮で暮らした時の部屋の写真です。(^_^;)すげー散らかっていて汚かったなー。苦笑 毎日カップ麺生活していたのが懐かしい。。。


ー5月連休明けー

ー5月7日ー

マクシスシン〇〇と派遣会社は就業スタートについて調整中のようだ。


ー5月8日ー

バニラエアの24時間限定のキャンペーンを狙って東京ー札幌片道900円の航空チケット、往復分をゲット。なぜか税金が高くて合計3000円で決済した。


ー5月8日〜5月11日ー

物件探し

1日目 本厚木(神奈川県)、町田(東京)の不動産へ行き、下見へ。 6畳の広さで3万円〜4万円が相場のようで高いな。。

2日目 秦野(神奈川県)不動産へ。ウチの目当ての物件、駅から徒歩16分。坂道がめちゃ長く、車とバイクが置けなくて実に不便過ぎる場所だった。
特に二階は自然死した部屋もあるようで・・・。(4、5年前の話)

神奈川県秦野新居探し目の前が日本百名山入沢山IMG_7633.JPG

でも、秦野市は目の前に日本百名山の丹沢山があって、秦野駅からバスで登山口まで20分。山好きの人にとっては絶好の場所ではないか。とりあえず保留。

次は鶴巻温泉駅。物件探しはしていないが、駅周辺だけ偵察。

うーーーん、どこでも住宅だらけで、過密地帯になっている上に緩やかな坂道が長く続いているのではないか。アパートの相場は2.5万〜3万円で安いけど、スーパーやレンタルビデオとかはちょっと不便そう。。

神奈川県茅ヶ崎駅前IMG_7678.JPG
(茅ヶ崎駅前)

3日目 茅ヶ崎(神奈川県、海近く)レオパレス物件下見にいく。広さ23平方メートル、ロフト付きで天井も高い。家電付きで月2.8万円は安過ぎる。

安過ぎるのはどうやら訳ありだったようで、レオパレスの隣が道路、反対側は線路。なるほど、車と電車ダブルパンチの騒音は半端じゃないな。。
ウチは耳が聞こえないから騒音に縁がないので、茅ヶ崎に決定。

神奈川県茅ヶ崎レオパレスの窓から見た景色IMG_7674.JPG

窓から見た風景はこんな感じ。(徒歩15分でもう海でめちゃ近い!) 実を言うと、海近くの家に住むのを憧れていたんだよね・・・。(笑)


ー5月13日ー

2月に沖縄に行って以来、3ヶ月振りに北海道に帰る。


ー5月16日ー

レオパレス契約で担当者から「内定通知書が要る」と連絡があり、派遣会社に確認してみたら・・・・

な、なんと・・・


衝撃の事実が発覚。


「申し訳ございません。 今、「いつやめるかわからない社員に紹介料を払いたくない」とマクシスシン〇〇様の役員からストップがかかりまして・・・。こちらもはぁ何で今頃?と困惑しています。もうちょっと待ってください。」と。

ええーっ?!

うそだろ??まさかの採用取り消し?!

引っ越し準備が進んでいてもうすでにレオパレスに初期費用15万円振り込んだんだぞ・・・。

めちゃ動揺しまくりのウチは引っ越しどころじゃなくなった。

万が一、不採用となった時に備えて就職先を探していたら、アウトドア業界のトップ、会社に目が付いた。調べてみると、もしM会社だったら、休暇を頂いて海外遠征は可能のもよう。この会社ならヒマラヤへ行ける。。。と思い、M会社に応募してみたくなったウチ。


ー5月18日ー

レオパレスから、採用の話、今日までにはっきりしてもらわないと契約解除が難しくなり、返金できませんと連絡が。これはやばい!!と思い、派遣会社に連絡。


ー5月19日ー

結局、派遣会社からの連絡は来なかった。やむを得ずレオパレスに連絡して契約解除してもらった。


ー5月21日ー

派遣会社から連絡がきた。

「申し訳ございません。結論、ご弊社からのご紹介という意味での就業は難しくなり
ました。」

来たよおおおぉおおおおおお!!!!最悪の展開がぁーーーー!!!!


ここまで来てまさかの大どんでん返し・・・!!!


ところが、

営業担当の努力で禁じ手を使って「派遣会社経由ではなく、マクシスシン〇〇様と
ナガタカ直接契約してやってくれませんか?」とマクシスシン〇〇様の人事に懇願したという。テンプスタッフの営業担当、何ていいやつなんだ・・・!!!

それで人事は役員に説得したらしく、初回試用3ヶ月で就業スタート可能になった。しかし、懸念点としては3ヶ月以降が担保で来ていない状況で、また引っ越ししなければならない点だという。

まじか・・・・。引っ越し点を考えると痛いな、費用が。。。断ろうかな・・・。


たまたま、暇つぶしにネットでアウトドア業界の求人サイトをのぞいてみたら、国内屈指のアウトドアメーカー、”M会社”が今月から中途採用の正社員募集開始したのこと。そんなサイトを見たウチは思わず脳裏に「ヒマラヤ」の文字が浮かんできた。


「これだ・・・・!!!」


アウトドア系の会社なら、長期休暇をとってヒマラヤ山脈へ行けるのではないか??M社員も長期休暇をとってK2登頂したブログ記事を読んだことがあるし、山旅世界一周の時も物資支援してくれたのがM会社だった。山に理解があるM会社なら、ヒマラヤ山脈登頂の夢を実現してくれるかもしれない。


よし、決めた。M会社に応募してみよう!!!


一応、派遣会社の営業担当に聞いてみた。
「実はアウトドア業界に応募してみようかなと思っていたんだ。もし応募してみてダメだったら、マクシスシン〇〇で働こうかなと考えているけど、大丈夫かな?(^_^;)」
営業担当「かしこまりました。そちらに先に応募してみてください。マクシスシン〇〇様に少し考えますと伝えますので。多少時間がかかっても大丈夫です。」と素敵な返答?を頂いた。


早速、気になっていたM会社の求人を見ると、いつの間にか正社員募集は締め切っていた。

手遅れ??(◎_◎;)焦ったウチはM会社のHPの問い合わせフォームで「募集はまだやっていますか?」と送ってみたのだが・・・。


その2へ続く。

2015年の思い出その2

2015年の思い出その1

http://nagataka-world.seesaa.net/article/444165591.html

2015年の思い出その2

http://nagataka-world.seesaa.net/article/444249933.html

2015年の思い出その3

http://nagataka-world.seesaa.net/article/444253497.html


■5月■

ー5月22日(金)ー

昼過ぎにM会社の総務部からメールが来た。

「応募書類の締め切りは今日までなんですが、もしあなたが受験する意思があるなら、5月25日(月)必着で応募書類郵送をお願い致します。」

やったー!!!って、、、郵送?! ということは・・・明日送らないと間に合わないじゃないか!!!

大急ぎで文房具店に行って封筒とペンを買って家に戻り、M社指定の履歴書2枚、400字レポート「私の夢と目標」、職務経歴書1枚プリントアウトして明日までに書きなぐった。

M社指定の履歴書、普段の履歴書と違って、「海外経験」「現在アウトドア活動している内容」「アルバイト経験全て記入」まで記載されている。まるで前職の職務経歴よりもアウトドアの経験を重視しているみたいだった。

M会社が求めている人物像は、おそらくアウトドア経験豊富の人を求めているんじゃないかなと思ったウチは世界一周の経験をPRした方がいいと考え、志望動機、特技、自己PR全て山旅で経験したエピソードを入れて書いた。

履歴書2枚も手書きなので、記入ミスでやり直しとなったのが3回もあって心が折れそうになった。(約9時間かかった)

次に職務経歴書、M会社総務部からの説明事項によると、「A4サイズ1枚まで、簡潔にまとめてください。2枚は受け付けません。」と書かれているのではないか。

もちろん、山旅世界一周、プロジェクト設立して国内スポンサー営業活動した事も職務経歴書に入れて作成した。(約8時間かかった)


気が付けば朝6時になっていて、昨日の午後3時から休憩なし15時間ぶっ通して作業したことになる。頭がクラクラしていてヤバいと思ったウチは2時間仮眠をとった。


ー5月24日(土)ー

朝8時起床。2時間しか寝れなかったが、さっきよりはだいぶマシになってきた。

最後にレポート、テーマは「私の夢と目標」、文字は400字まで。出来れば地球制覇が目標で人生最終の夢は宇宙だと書きたいが、M会社の意図に沿った答えを書かないと、選考に落ちるに違いない。そこでアウトドアに貢献出来るのは自分しかないような内容を書いた方が、選考に通る確率が高まるはずだ。


で、何を書いたかというと、それは「聴覚障害者登山の現状問題と打開策。」


で、現状の問題を解決するには聴覚障害持ちで手話が出来る、登山経験がある自分でしか問題解決できないという自分の強みを売るといった内容でレポートを書いた。また、確実に誰よりもインパクトを残す必要があるので、最後の一行に「私はエベレスト登頂と無酸素単独登頂が目標です」と記入。(約7時間かかった)


午後3時―合計24時間かけて履歴書2枚、職務経歴書、レポート作成完了。不思議な事に、2時間しか寝てないのに何故か眠くなく、頭が妙に冴えていた。脳内フル回転しっぱなしのとドーパミン放出し過ぎたせいなのだろうか。


午後5時―郵便局に行って無事に書類郵送完了。あとは吉報を待つだけだ。

後は荷物整理して空港へ行くだけだ。しかし、緊張が抜けてしまったのか、身体に力が入らなくなってしまった。でも東京発まで時間が無いので、いつ引っ越せるように自分の部屋に引っ越し用の荷物をまとめておいた。

髪も伸びてきたので、カット代節約として親にお願いしてカットしてもらった。

夜8時半―格安のバニラエア航空(セール狙いでゲットした千歳―東京片道900円のチケット)で東京(成田)へ移動し、東京の新宿にあるネットカフェで泊まった後の翌朝に埼玉に帰ったのである。


ー5月25日〜5月28日(木)ー

M会社の第一次選考が落ちた時に備えて1社、カシ〇株式会社に応募してみた。もちろん、志望動機に「エベレスト登頂を目指す」と書いておいた。何故かというと、正社員として働きながらエベレスト登山したいので、それを認めてくれる会社を探したいからである。多分、高確率で落ちるだろうけど。

ー5月29日(金)ー

M会社に郵送して一週間しか経ってないのに、思っていたより早くM会社からの連絡が来た。

まさか・・・・・?おそるおそるメールを開いてみたら、


「採用試験第一次選考合格通知」


なんと、M社採用試験第一次選考が通ったのだ。。。メールをみて思わず歓喜をあげてしまった。


「2週間後に第二次選考試験を行う予定で、内容は筆記試験と自己PRとなります。」


筆記試験?!なんだろ。。。ネットで転職口コミ情報を調べてみると・・・

筆記試験はSPI(言語、非言語)だという。SPI?!なんだこりゃ。ネットで詳しく調べてみると、言語=国語、非言語=数学で、レベルは中学〜高校程度。学生にとっては楽勝かもしれないが、10年以上も勉学から離れているウチにとっては大打撃だ。数学の方程式や分数の計算なんでキレイに忘れちまっている。このままでは非常にまずい!!

急いで本屋へ行き、SPIの本2冊購入。


ー5月30日(土)ー

週3、4回5kmランニングをしているのに、何故か体重は増える一方で、人生初の体重70kg間近に迫っていた。このままではまずいと思ったウチは毎朝10kmランニングに変更。


■6月■

ー5月31日(日)〜6月7日(日)ー

毎日1日10時間SPI勉強。言語・非言語2つ修得するのに1週間かかるようだ。


ー6月上旬ー

ランニングを始めて累計100km突破。体重67.3kg、100kmごとに1kg減るようだ。あと5kg減るには500km走らねばならないのか・・・。気が遠くなるような作業だ。これは山に向けての基礎体力作りでもあるので仕方ないですな。


ー6月8日〜6月10日(水)ー

自己PR内容を考え中。 話は変わるけど、自己PR形式の面接の時は手話通訳を希望していたが、M会社の担当者は難しいと断られた。他の方法はないか?担当者と話し合った結果、事前に書かれたスケッチブックで面接官にPRするという形でいく事になった。
でも、午前中の組織・業務内容の説明の時は手話通訳を受け入れるというので、ウチのお住まいの千歳市経由で大阪の手話通訳者派遣に依頼することにした。


ー6月11日(木)ー

夜行バスで大阪へ。東京の池袋―大阪の梅田 10時間、片道2500円。杉崎観光バス会社のバス座席、シートが硬すぎでケツが痛くて寝られなかった。


ー6月12日(金)ー

朝7時に大阪の梅田に到着。ホテルのチェックインまで時間が余っているので、マックでSPI勉強。

その夜はM会社への下見、自己PR練習。


ー6月13日(土)ー

まさか、人生初めてM会社の中に入る日が来るとは。

驚いたことに、M社員全員、私服(半分はアウトドア服っぽかった)。第二次試験案内メールが来た時も、「私服でお越しください。面接官はスーツ着用しません。」と意外な説明があったのだ。ひょっとして、受験者はどんな服で来るのかを査定する為に罠をかけているのでは?と油断できないウチは、M社を愛用していますとアピールする為にM社製のYシャツを購入して着用。ズボンは登山用のパンツ、トレッキングシューズ。

第二次選考の受験者は102人で、4分の1の受験者はスーツを着ていて、他はウチと同じ考えでM社製Yシャツを着ている受験者もいれば、Tシャツと短パンのみカジュアル系の服を着ている受験者もいた。ちなみにチキン野郎のウチは堂々とTシャツを着る度胸がない。

午前は手話通訳者と合流し、M会社の組織・業務内容の説明とM社創設者のT氏の挨拶を聞く。(T氏の服装はだらだらとしたYシャツ、Gパンだった)

M社の理念は、基本的には自分の時間を大事にしてほしいという考えで、多くの社員は残業せずに定時で帰るようにしているのこと。または、他社と違ってノルマ達成意識やスキルアップしながら社員と競争とかはなく、自分のマイペースでのんびりしながら仕事を楽しむみたいな感覚でやっているようだ。


なにそれ、M社ってめっちゃいい会社じゃないか!!前職の時は目標管理とかで上司から「目標達成するために何かスキルアップでもしろ!」とうるさく言われて嫌だったし、好きでもない会社に人生を捧げる気がないウチは毎日モチベーションが上がらなかったなぁ。社員の大半が車好きで、車に興味がないウチは社員と付き合いが悪くて会社の飲み会に不参加したり、用事があると誤魔化して休暇を取って山へ行ったり会社以外の友人と旅へ出かけたりしたのが懐かしい。

M社創設者、T氏の話を聞いて、アウトドアが好きなウチはM社の方が長く働けるような気がした。よし、試験頑張るか。


午後は筆記試験(RCA、SPI、ENG、性格)3時間。

まさかENGが出てるとは思わなくて、解答3分の2しか書けなかった。RCAも想定外だったが、何とか埋めることができた。
SPIの方は、言語と非言語(1)はバッチリ。残りの非言語(2)は全然ダメだった。30問の中で解答できたのは5、6問しかなかった。時間がないあまりで適当に埋めておいた。(マークシート式問題だったので)


自己PR、驚いたことに面接官6人もいて、なんとM社創設者のT氏までいたのだ。

自己PRタイムは2分。「入ります」ドアを開けた瞬間、面接官全員「始め」「終わり」の手話練習をしている光景に思わず驚いてしまった。

今まで就活してきた中で面接官が手話で話してくれた事がなかったので、心の中で「なんていい会社なんだ・・・!!」と感嘆してしまった。

面接官が手話で「始めてください」と表現され、ウチは悔いのないように全力で持参したスケッチブックで書かれた文字を下手くそな発音で読みあげながらしゃべりまくった。M社創設者T氏もガン見していてめっちゃ緊張した。

最後に「エベレスト登頂や無酸素単独登頂を目指して挑戦したいのと、聴覚障害者と健常者と一緒にワクワクする冒険が楽しめるようなアウトドアの世界を創りたいです!!」と大声?で叫んで喋りきった。


こんなに全力を出し切ったのは今まで就活してきた中でM社が初めてなのかもしれない。まじで疲れた。もう帰ろう。

IMG_7721.JPG

第二次選考試験頑張ったご褒美に、梅田駅内にあるミオールというパフェ店に行き、パフェの上にケーキを乗せるだけの珍パフェをご馳走。

その後は大阪名物の串カツを沢山食べて東京に帰った。


ー6月18日(木)ー

第二次選考試験が終わって一週間後、メールでM社から合格通知の連絡が来た。

ま、まじか?!筆記試験の時は英語と非言語、半分以上適当に答えたからもうダメだと思ったのに、なんと合格とは・・・。」と歓喜をあげるウチ。


次はラストの第三次選考だ、頑張るか。


ー6月20日(土)ー

第三次選考試験日に健康診断書を持って来てくださいのことなので、最寄りの総合病院に行って身体健康診断を受ける。血液検査や尿検査などを含めて合計1万もして痛過ぎる出費だ・・・。


ー6月21日(日)〜7月1日(水)ー

M社知識テスト勉強(一週間半)と面接対策研究(3日間)。
M社第三次選考試験の案内メール内容によると、「筆記試験」しか載っていなくて、どんな試験なのかわからなかった。転職口コミや就活コミュニティ「M社」サイトをのぞいて調べてみると、筆記試験はM社知識テストといって、テスト内容はSPIより難しいらしい。
M社知識テスト、登山好きの人にとっては有利らしいというので、出題の大半がM社商品の可能性があるかもしれない。

そこで対策としては、

1、M社会員特典の商品カタログ2冊の中でテント、ザック、ブーツ、服装、寝袋の商品名と特徴全部暗記。
2、特に素材と繊維の名前を覚えた方がいいらしいので、10種類以上の素材の名前と説明を暗記。
3、表面積計算、売買利益計算式を暗記。
4、M社創設者の名前や事業内容、社会活動内容、M社歴史(1975年〜2014年)すべて暗記。M社歴史はなかなか覚えづらいが、M社HPに記載されている歴史の流れに偉大なる登山家も記されているので、M社と登山家の共通点を無理やり結び付けて暗記した。

(例)1979年→ 長谷川恒男氏、アイガー北壁冬季単独登頂。 M社→ムーンライトテントを開発した。

共通点を無理やり結び付けて覚える方法→ 1977年 長谷川恒男氏はムーンライトテントが大好きで、アイガー北壁頂上でムーンライトテントを使用して寝た。

こういう勉強法は意外と覚えやすくて効果抜群だった。


■7月■

ー7月2日(木)ー

夜行バスで移動、東京―大阪、片道2500円。帰りは少しグレードアップしたくて3列の座席にチョイス、片道6000円。


ー7月3日(金)ー

朝起きると不覚にも腹痛がきて猛烈にトイレに行きたくなってしまい、大阪まで我慢しても間に合わないと思ったウチは、バス運転手に訴えて何とか高速道路サービスエリアに寄ってくれ、トイレへ直行してギリギリ間に合った。

大阪に着いた後はカプセルホテルの中で勉強と面接練習。大阪に来たというのに、串カツやお好み焼きを食べることはなく、昼と夜連続ラーメンを食べてしまった。


ー7月4日(土)ー

第三次選考試験日。今回の受験者は36人で、前回よりかなり減らされたようだ。(第二次選考の時は102人)

M社知識テストの出題(30分)、何と商品の名前や説明は出てなくて、2冊の商品カタログに載ってる商品名を一週間かけて覚えてきたのが無駄になってしまった。

でも素材と寝袋の説明の問題が出ていたので、何とか答えを埋めることができた。他に思った通りの問題が出てきたので、全部答える事が出来てホッとした。他に色々な問題が出ていて、なんとか解答するのも、そもそも合っているのか?ちょっと怪しかった・・・。


そして最後の関門、面接へ。

他の受験者はグループ面接だが、何故かウチだけ個人面接になっていた。手話通訳者同席だからなのかな?

第三次選考試験の面接、なんとM社創設者T氏も含めて面接官6人が待ち構えていた。面接官6人は予想外(口コミによると過去は面接官2〜3人だったらしい)でちょっとビビッてしまったが、これぞ、クライマックスにふさわしい舞台だ。。

で、

面接官から質問された内容は下記通り。

・就職先はどこがいい?
・給料安くなってしまうが、いいか?
・入社後、どんな仕事をしたいか?
・前職のときは手話通訳やコミュニケーション方法はどうしていたのか?(手話通訳者のコストを心配していたようだ。国から補助があるということを説明したほうがいいみたいだ。)


といった具合で面接官1人ずつ質問攻撃してくる。そして最後にM社創設者T氏から質問を受けて終わりという流れになっているようだ。

面接官の話によると、過去に聴覚障害者を雇用した例がなく、ウチが初めての雇用になるようだ。その為か、就職先で聴覚障害者に対してどう配慮したらいいのか?わからないようだった。

で、面接官からのたったの一言でウチの歯車が狂い始めることになる。


「もし、あなたが社員になりますと、ヒマラヤが難しくなります。どうしますか?」



予想外過ぎで、何よりも絶望にふさわしい一言だった。


面接官の一言、まるで図太い槍がウチの心に貫通してしまったような感じで意表を突かれてしまい、めっちゃ激しく動揺してしまった。

面接官に顔を出してはまずい!と思ったウチは冷静を装って面接官に逆質問した。

「もしもですが、もし許可を頂けるのであれば、3、4年働いて有給を貯めてヒマラヤへ行くことは可能ですか?」


ざわめく面接官6人。


面接官6人ゴソゴソ話し合った後にこう答える。

「例えば5年働いて貯めた有給を使って行くとしたら、一ヶ月が限度です。」

「ヒマラヤは二ヵ月だから難しいねぇ。過去に例外の社員はいたけど、やはり周りの社員に理解してもらわないとだねぇ。会社には就業規則ってのがあるんだよね。仮にヒマラヤを認めちゃうと、他の社員たちもどんどんヒマラヤや海外の山に行っちゃって社内は誰もいなくなってしまって仕事が難しくなり、倒産してしまうからねぇ。」


ウチの頭の中にある文字がよぎった。

「そうだよね・・・(^^;)。」

と絶望を覚えてしまった。実を言うと、過去にM社社員がヒマラヤに行った例があったのをネットで見たので、M社だったら貯めた有給休暇でヒマラヤへ行けるかも?と下心があって、M社に応募したのだ。

他の受験者のグループ面接より長い個人面接を終了し、退席しようとしたら、M社創設者T氏から


「ありがとうの手話はどうやるんだ?教えてくれ。」


ありがとうの手話を教えると、M社創設者T氏と面接官全員、「ありがとう」手話で言ってくれた。


まさか、あの偉大なる登山家、M社創設者のT氏が「ありがとう」の手話で言ってくれるなんて、身に余るご光栄というか・・・なんだかめちゃ感動してしまった。


こういう経験は滅多にないので、本当にいい思い出になったな・・・。

うん、M社に応募してよかった。


実を言うと、T氏に個人的な質問で北方領土の国後島にある秘境の爺爺岳に登った感想を聞きたかったんだよなぁ・・・・。まいっか。


ー7月5日(日)ー

色々と考えた結果、M社は仮に内定がとれたとしても、内定辞退することに決心した。

もし仮にM社で働くとすると、年収が厳しく貯まりにくい上に5年に一回しか行けないことになると、エベレストに行くのにざっと見積もって10年かかる見通し。

うーん、エベレストまで10年かぁ・・・無理だ、長く待てないな。苦笑

やっぱM社に応募するのが早過ぎだんだなぁと少し後悔。

仕方ない、人生プラン変更だ。今後は正社員として5年働きながら金を貯めて一気にヒマラヤとエベレストへ行くか。。

エベレストへ行くとしたら、年齢は30代後半になる訳で就活もさらに難しくなると想定できるので、まずは正社員として働きながら多くの資格をとってスキルアップするしかないな。。。


ウチの作戦は下記通り。

1、正社員として働き、会社から必要とされる人材へスキルをあげる。そして金が貯まり次第、1年休職申請してヒマラヤ山脈とエベレストへ一気に行く。
2、もし休職の許可を下りてくれなかったら、「休職を許可してくれなかったら、退職します。」と上司に懇願してみる。(?)
3、もし「はい、退職していいよ」と言われた場合、退職して1年後に会社に戻りたいと懇願してみる。
4、もし戻る事が不可能だと言われた場合、覚悟を決めて退職し、山が終わった後に転職活動するしかない・・・。


こんなに甘い考えは通用しないのは承知の上。とにかくやってみなきゃわからない。


そう。この世はやってみないとわからないだらけの世界なんだから。

常識に縛られていたら、夢の実現への可能性がゼロになってしまう。だから、常識を外してみるしかない。



ー7月10日(金)ー

毎朝ランニング10km、総計214km突破し、体重も3kg減量。69kg→66.3kg 

午後過ぎにM会社からメールが来た。


「おめでとうございます、あなたを内定と採用する事になりました。」


喜んでいいはずなのに、面接官からの一言の件もあって、内定辞退を決心したウチは素直に喜べなかった。一ヶ月半も費やしてようやく内定を勝ち取ったというのに、内定辞退するって、なんかめちゃ痛い気分だ・・・。ううう・・・・っ。


そして、内定辞退メールを送った。

人事担当者はかなり面喰らってしまったようだが、「エベレスト登頂の夢に向けて頑張って下さい。」と応援してくれた。M会社は最後まで本当にいい会社だったと改めて実感したのと同時に「なんで内定辞退したんだよ、バカ野郎!!」と責める自分がいました、はい。


あはは、就活最初からやり直しだな・・・。苦笑 1ヶ月半無駄にしてしまったと思うと、なんかメチャ痛いな・・・。汗

でも、M社試験応募したおかげでM社創設者のT氏とご対面を果たしたり、M社内見学が出来て貴重な体験が出来たから、よしとしますか。他に何かを得たといえば、ちょっとだけM社商品や会社の歴史が妙に詳しくなってしまった位ですが。苦笑


ー7月中旬ー

ハローワークに通いながら求人票を物色するが、どれもいい求人票が見当たらない。下手にしたら仕事を見つけるのに1年かかってしまうのでは・・・???

貯金もブランクもヤバいし、すぐでもいいから早く仕事を見つけたいウチは、転職エージェントに依頼してみることにした。


依頼してみた転職エージェントは3社。

1、Aエージェント社、本社は東京。 

ウチのスキルに合わせて提供してくれた求人票が3社と少なかった上にエージェントと連絡やり取りがちょっとイマイチ。(返事が遅かったり、全力で支援しますといった姿勢が見られない)

来社してエージェントと面談を行った際、ウチのスキルを分析した結果は下記通り。

・事務職希望→未経験の為、年収280万円〜300万円になる見通し、契約社員求人が多い、正社員はちょっと厳しいのこと

・前職と同じCAD系の技術職の場合→正社員雇用、前職と同じ年収のままは可能。(2年ブランク無関係)

とりあえず、CAD系の技術職3社応募してみた。


2、Bエージェント社、本社は東京、支社は全国各地。

本社へ足を運ぶ必要なし、チャットでエージェントと面談。驚いたことに、担当者はウチと同じ聴覚障がい者で、連絡やり取りやフォローはグッド。

非公開求人情報が沢山扱っており、ウチのスキルに合わせて20社近くの求人情報を提供してくれた。

担当者の話によると、事務職の求人は東京に集中しており、ほとんどが契約社員求人ばかりで、事務職だと未経験の正社員雇用はかなり厳しい上に最低年収280万円になる可能性が高いのこと。

CAD系の技術職なら、経験者歓迎で正社員雇用、前職の年収現状維持の可能性が激高のこと。しかも、2年ブランクは関係ないそうだ。

正社員雇用と高収入を望むなら、CAD系の技術職求人に応募することを強く薦めたいのことでした。
が、、、非公開求人情報が沢山扱っている割にCAD系の技術職の求人情報がたったの7社しかない??少なっ!(-_-;) 

非公開求人情報の中で7割が事務職、3割が技術職なんだとか・・・・。

今後もまた転職するなら、事務職の方でキャリアを積んだ方が生き残れる確率が高そうですな・・・。(;゚Д゚)

とりあえず、CAD系の技術職2社応募。


3、首都圏限定、高収入を重視した転職支援型のCエージェント会社。本社は東京。


Cエージェント会社に来社してエージェントと面談した。驚いたことに、担当者から「事務職未経験者でも、正社員雇用、年収360万円〜400万円は可能です。」と強気で自信満々だという。まじかよ?!未経験で400万円は可能なの??信じられん・・・。

それを聞いたウチはメチャ半信半疑。

さらに、担当者は「海外登山プロジェクト経験は立派な実績です、これを強みにアピールするといいですよ。」と何故か太鼓判。担当者のアドバイスに従って履歴書と職務経歴書に海外登山プロジェクトを載せる事にした。


ちょっと信じられないと思ったウチは「海外登山プロジェクト活動したとはいえ、仕事に結びつかないのでは??企業からにしてみれば、単なる遊びとしか見られない気がするが・・・」と担当者に尋ねてみると、


担当者「そんな事は無いです、一番重要なのは2年の間に貴方は何をしていたのか?なんです。もし、2年間何もせずに家に引き籠ったりしていたら、自己評価がかなり下がりますので、何もしないよりは大ましです。」


なるほど・・・。。。今後の就職活動も、世界一周や海外登山プロジェクト活動は隠さずに堂々と載せてアピールするか。


すると、担当者から

実は、あなたが過去に海外登山プロジェクト活動していたことを知っていました。弊社サイトにてあなたからの転職支援申込みを受理した際にあなたの過去を調べました。何故調べたかというと、人事採用担当者は応募者の名前をネット検索して過去に犯罪歴や反社会活動、批評家の人だとわかれば採用しないので、あなたにそのような過去があるかないかを知る必要がありました。」


まじっすか・・・・。ウチが山旅世界一周した過去を隠すのを諦めよう、もう観念します。汗


哀しいことに、ウチの姓名が非常に珍しいせいなのか、ネット検索でウチを見つけるのが容易いようです・・・。(泣)


ところでCエージェント会社は先月に50代の障がい者を支援して年収700万円の会社に転職する事に成功したんだとか。しかも40代の障がい者数人転職支援した実績あり。

な、700万円?!すごくない?!しかも50代とは。。。

担当者は「前職のスキルがあれば、高収入の会社に転職は可能ですよ。」と自信満々の顔をしていた。

Cエージェント会社のやり方は、エージェントがウチのスキルなら歓迎という求人を探して求人先の会社と確認し、OKが出た求人票をウチに提供するというシステムになっている。


後日、事務職の求人4社案件が来たので、とりあえず2社応募してみたのだが・・・。


その3へつづく。

2015年の思い出その3

2015年の思い出その1

http://nagataka-world.seesaa.net/article/444165591.html

2015年の思い出その2

http://nagataka-world.seesaa.net/article/444249933.html


■8月■

ー8月中旬ー

就活再開して一ヶ月後、自己応募した羽田空港の航空関連の会社の書類選考が通り、羽田空港まで3回通って(面接3回)ようやく念願の内定を獲得。(ちなみに自己応募した会社は15社近くで、年齢と事務未経験のせいなのか、どれも選考落ち。泣)


やった、内定だー!!!


なぜ航空会社に応募したかというと、ウチは旅行が趣味で仕事後にすぐ飛行機に乗ってどこかへ行けるのも悪くないし、社員のみ待遇の特別航空券(通常の6〜9割引き!!)がもらえるのと、何よりも“あの制度”があるのだ。

あの制度とは、ボランティア活動、留学、他社で就業したいなど理由があれば、1年の休職がもらえるという素晴らしい制度が航空会社にあるというのだ。「まじか??あの制度を使えば、ヒマラヤ山脈やエベレストへ行けるんじゃないか!!」と思い、速攻航空会社に応募したのだ。


面接の際、面接官から「登山プロジェクト、今後も続ける予定ですか?」と聞かれた。ウチは「ヒマラヤ山脈登頂はまだですが、世界四大陸登頂達成しましたので、とりあえずはプロジェクト活動終了いたしました。」と回答。もし、プロジェクト活動を続けます!!と回答したら・・・間違いなく落とされたのだろうか。(ちなみに面接形式は、面接官がブギーボードで質問、ウチはノートPCで回答という形。)


で、内定獲得したウチは毎日ランチでもしながら空へ旅立ってゆく飛行機たちを眺めてみるのも悪くないなと妄想していたウチだが、、、、


「あなたの年収は〇〇0万円になります」


月収は〇〇万円で賞与は4ヵ月。


はい?! なにこれ、めっちゃ安過ぎないか?? 空港で働いてみたいという憧れがあったけど、給料が安いのはちょっと・・・。汗


人事担当者に給料交渉へ持ちかけてみるが、決定された給与金額を変えることは出来ないということで交渉決裂し、内定辞退することになった。

実に惜し過ぎる、待遇面が素晴らし過ぎるのに、給与が安いとは・・・。やむを得ん。

これで3社目の内定辞退。。。(1社は内定取り消し)不景気の中でよくぞ会社に振る勇気があるなぁ、ウチは。。。苦笑


ー8月下旬ー

Bエージェント経由で応募した書類選考が通り、愛知県のブレーキ関係のア会社と一次面接。愛知県までの交通費はア会社が全額支給してくれて大変有り難かった。

コミュニケーション方法は、面接官からホワイトボードで質問し、ウチは紙と油性ペンで回答という形式で面接スタート。

ただ、面接官3人からの質問に回答する度に必ず「なぜ??」とさらに深く掘り下げた怒涛の質問シャワーを浴びまくられてしまった。それでも必死に回答反撃し続け、予定の40分より延び、なんと1時間15分超の長時間をかけてようやく面接終了。。。

帰りの際、名古屋駅内で名古屋名物の名古屋コーチンラーメンを堪能して面接の疲れを癒したのであった。


続けて、Aエージェント経由で応募したG本社の書類選考が通り、関東で一次面接を受けることになった。


で、G本社ってどんな会社なのかを知らずに適当に応募してしまった為、後で転職口コミを調べてみたらG本社はスーパーブラック企業であることに発覚し、激しく後悔してしまったウチ。


G本社に入社した社員は平均2〜3年で退職、長くて4年が限界なんだとか。G本社の経営理念は「短納期」独自ビジネスが売りとなっているため、納期確保の関係で部署によっては月残業100時間超え、土日出勤はよくあるそうで、特に女性社員はG本社に入るなら会社に人生を捧げる覚悟で働くべき、結婚は諦めた方がいいと元社員からのアドバイスが。。。入社して数人が過労死した社員がちらほら。それってメチャヤバくね??(-_-;)


とりあえず、落ちてもいいやという気持ちでG本社と一次面接を受けたのだが、なぜか面接官から「海外登山プロジェクト活動していたのが実に素晴らし過ぎる!!」と高評価を得てしまい、1日も経たないうちに「おめでとうございます、一次面接合格しました!!」と嬉しくない知らせが・・・。(面接形式は会社が用意したノートPCとプロジェクター)


想定外だったのが、あれよあれよという間に部門面接、人事副部長と面接が進み、気が付けばスーパーブラック企業のG本社から内定をいただいてしまった。汗


しかも、最終面接を終えてたったの1日しか経っていないうちに内定通知の連絡が・・・。(^_^;) 異常すぎる選考過程の早さは100%スーパーブラック企業決定ですな。苦笑 おっかしいなぁ、受ける気がないウチは人事副部長に「G本社は第二志望です!!」とストレートに言ったのになぁ・・・。


結局、Aエージェント担当者にお願いしてG本社への受諾返事期限を3週間延ばしてもらった。


■9月■

ー9月上旬??−

IMG_7808.JPG

関東近郊の低山でランニング。

IMG_7811.JPGIMG_7810.JPG

久し振りだな、こんな景色を見るのは。うん、いい息抜きになったなー。

ランニング500km超えIMG_7799.JPG

やべ、距離500q以上走ってるとこんなにすり減るのか・・・。このまま走ってたら膝がヤバいので、そろそろ買い替えようかな・・。(^_^;)


ー9月上旬〜中旬ー

年収400万円〜500万円高収入を売りにしている転職Cエージェント会社経由で応募した外資系IT企業、S会社(本社は米国)、何と書類選考が通り、東京の六本木ヒルズ11階でS会社と面接することになった。(ちなみに応募した他の2社は落選。)


外資系企業のS会社は、企業の経営課題解決を支援するソフトウエアが売りで、全世界で約75000サイトでS会社が採用されているというトップレベルの大手企業で、世界各地で「働きがいのある会社」上位にランキングされているそうだ。


待遇面をみると、年間休日128日、中身はバリバリの日本企業文化で社員に優しい?会社のようで、特にバックオフィスの社員にとっては休みが取りやすいそうだ。(1年に数回2週間休暇は普通らしい)転職口コミによると、個人でS会社と交渉(仕事以外)が可能らしい。しかも、一度S会社を辞めてしばらくした後に戻った社員が数人いるとか。


ということは、、、、、、


S会社と交渉がうまくいけば、休職を取ってヒマラヤへ行ける可能性が高いんじゃね???

S会社はヒマラヤ登頂実現性が高い(あくまでも可能性の話)とみて、第一志望はS会社に決定。


というか、S会社はあの六本木ヒルズ内にあるなんで初耳ですけど・・・。しかも人生初めて入るんだけど、、、大金持ちのヒルズ族がいる六本木ヒルズ内に。(^_^;)


案の定、面接官から登山プロジェクト活動についての詳細を聞かれた。で、将来の夢は?と聞かれ、ウチは「将来の夢って、仕事の話ですか?」と聞き返すと面接官は「ああ、仕事でもプライベートでもどっちでもいいよ。」と返ってきたので、ウチは正直に答えることにした。


「将来の夢は・・・・仕事面は…..必要される人材として成長させていきたいです。で、プライベート面は、、、、ヒマラヤ山脈やエベレスト登頂が目標です。


あー余計なことを言っちまったよ、ウチのバカ野郎。。。(-_-;)


それを聞いた面接官は表情が一気に変わり、ウチにこう尋ねた。

「ヒマラヤ山脈やエベレスト登頂を目指してるのかね?実行するとしたらいつなのかね?」

「えーと、5〜8年後を目標にしたいです。」とバカ正直に答えてしまうウチ。

終わった、もう落ちたーと思ったら、な、なんと一次面接通過し、二次面接へ進出(二次が最終面接らしい)。

業務内容は総務事務で、半分がオフィスメンテナンスなんだとか。うん、悪くない。


ー9月28日(月)ー

愛知県ア会社の最終面接。埼玉県熊谷から愛知県刈谷までの新幹線は会社全額支給。エージェントの話によると、ア会社は総合職として年収500万円以上の雇用を検討しているんだと。


ということは・・・・・


激熱内定リーチじゃね?!と期待に胸を膨らませていざ、愛知県へ。

面接官3人、中高年の役員と手話通訳者同席。これぞ、まさにラスボス最終決戦にふさわしい舞台だ。


特に手話通訳者、ウチから手話での回答だと、業界用語や専門用語の関係でウチの言いたい言葉の100%全部手話通訳者経由で面接官へ伝えるというのがなかなかできないので、面接官からの質問内容次第、ウチは紙で書き、手話通訳者が読み上げて回答するという形で進めることにした。その方が、ウチの言葉そのまま面接官に伝えられるし。

そして1時間かけて役員3人からウチの前職に関する怒涛の質問攻撃を受けるが、負けずに質問攻撃に耐えて最後まで回答しきった。

ただ気になったのは、今回が最終面接だというのに、業務内容の説明がなかったり、登山プロジェクトに関する質問を受けることはなかったの事。少し嫌な予感がした。


ー9月30日ー

10kmランニングを始めて4ヵ月経過、合計530km突破。体重は4kg減量。

5月下旬 69.6kg → 9月上旬 65.7kg

ランニング距離は1ヵ月平均90km(雨が多い時期)〜150km(週4〜5日ラン)。タイムは平均1時間。全力ではないが、ベストタイムは56分。


■10月■

ー10月1日(木)ー

な、なんと・・・・!!!

最終面接を受けてしまえば高確率で内定だと思ったら・・・・


愛知県ア会社、まさかの不採用・・・!!!


不採用の理由は、ウチのCAD経験、ア会社のブレーキ事業は動力の関係で車体部とかなり違うため、ア会社に活かして頂くスキルには及ばなかったのこと。

だったら、最初から書類選考時点でウチを落としてくれよ、最終面接まで進んだというのだから、妙に期待してしまったじゃないか・・・。泣

これで愛知県で年収500万円稼ぐ夢が消えました、はい。残るのは外資系企業のS会社のみ。。。

あと、近所の神社に行ってお祈りをしてきました。「たのむ、内定が出ますように!!」と。


ー10月8日ー

Cエージェント会社の担当者から連絡が来て、S会社の結果は・・・


「不採用でした」


ちーん。

人事採用担当はかなり迷っていたらしく、結局は事務経験のある候補者の方を選んだという。

やっぱ事務経験が無いと競争に負けるんだなぁ・・・無念。

その後はAエージェントの担当者に「内定保留していたG本社への返事ですが、受諾します。」と伝えた。


内定次第で愛知行きか?六本木ヒルズ行きか?第3人生ステージへのウチの運命が決まる中で、第一志望で高確率で内定とれると思っていた優勝候補?の2社が、、、


まさかの共倒れし、

第二志望の伏兵が1着ゴールして逆転優勝となり、想定外の波乱で就活の決着がつきました、はい。(※競馬のイメージです)

( ゚д゚)ポカーン(放心状態のウチ)


今までの山旅と就活を通して、


”旅も山も人生も、一筋縄ではいかないものなんだなぁ”


と改めて実感した2年3ヶ月でした。(;´Д`A



ー就活成績ー

就活期間:9ヵ月
応募した会社:30社以上

神奈川県・・・内定取り消し(技術職)
大阪・・・・・内定辞退(総合職)
羽田空港・・・内定辞退(事務職)
関東・・・・・内定(技術職)
愛知県・・・・最終面接で落選(開発系総合職)
六本木ヒルズ・・最終面接で落選(事務職)


―転職支援サイトを利用した感想―

・書類選考、エージェント経由で応募した方が、書類選考が通る確率がグーンと高まるのは確かのようだ。

・面接で自分の思うような面接ができなった時は、エージェントにお願いして応募先の会社に「彼はかなり出来る人ですよ!!雇って損はないですよ!」みたいな営業トークでウチの良さを強くアピールしてくれるようだ。(面接でヘマしてしまった事が2回あったが、エージェントのフォローのおかげで最終面接まで進んだ)

・ネットで求人探しても見つからない非公開求人情報が沢山出ていて驚いた。例えば待遇面で10日連続休暇が取れる会社を探したいとエージェントに言えば、すんなりと求人票を用意してくれる。

・大手の転職支援サイトの場合、仕事探しに付き合ってくれる期間、長くて3ヶ月まで。ウチが利用した障がい者専門の転職支援サイトの場合、内定が取れるまで最後まで面倒をみてくれるようだ。

・エージェントがいれば面接日程調整、給与の交渉が出来て心強い。自己応募だと、給与の交渉がやりにくい。

・自分のスキルの強みを自己分析できない場合、エージェントと相談してアドバイスをもらうことができる。履歴書・職務経歴書も修正してくれる。


―世界一周を経験したウチに対して企業の反応―

過去に世界一周した経験者が就活で面接官にいくらアピールしても、「だから、何?」と冷たい反応だったというのが多く、「世界一周=ただの遊び」でしか評価されないというのが日本社会の現状だという。

そこで、ウチは履歴書に世界一周を伏せて応募、世界一周を載せて応募といった風に二つ分けて数社応募してみた。

―結果― 
・世界一周を伏せて応募した・・・全滅。
・世界一周を載せて応募した・・・30、40%の確率で書類選考が通った。

面接を受けてわかった事は、ただ「世界一周しました。」だけじゃダメだと思う。

どういった目的で世界一周をしたのか?世界一周を通して得たこと、学んだことは何か?

その経験を会社にどのように活かすのか?世界一周を経験する事で自分しかできない強みは何か?など、具体的に提示してアピールすれば、ちゃんと評価してくれるそうです。

どちらかといえば、世界一周よりもプロジェクト活動(スポンサー営業、宣伝、戦略、達成率など)の方が評価されやすいみたいです。


こうして11月2日付けでG本社に入社することになったのでありました。。


ー10月20日ー21日ー

IMG_7870.JPG
IMG_7878.JPG

久し振りに実家に帰省。キティ、なんか老けた??(^_^;)

IMG_7891.JPG

ウチの好きな千歳川。

IMG_7888.JPG
IMG_7892.JPG
IMG_7889.JPG

水車で鮭を獲っている様子。こういう光景、何年振りだろう・・・。小さい頃しか見てなかったから、20数年振りかなぁ? とにかく久し振りに見れてよかった。

IMG_7901.JPG

おっ?

IMG_7942.JPG
IMG_7941.JPG

サケふるさと館、リニューアルしたみたいですな。中に入ってみるか。

IMG_7909.JPG
IMG_7904.JPG

中に入ったの10数年振りだが、確かに少し変わってるねー。

IMG_7911.JPG

そして千歳川水中観察ゾーンへ。

IMG_7922.JPG

わおーー!やっと見れたよ、久し振りに本物の鮭を・・・。泣 

IMG_7924.JPG

今までは時期の関係で小学生以来、なかなか鮭を見る機会がなかったので、やっと見れてよかった・・・!!

IMG_7955.JPG

1日10qランを月100q以上のペースで半年くらい継続してきたので、今回は千歳ー札幌まで50qランにチャレンジしてみる。

IMG_7963.JPG
IMG_7966.JPG
IMG_7980.JPG
IMG_7983.JPG
IMG_7969.JPG

懐かしい!!恵庭にある堀川会社の建物、小さい頃からずっと見てました、はい。

IMG_7996.JPG

が・・・

テニス用の靴で走ったからなのか、足指がめちゃくちゃ痛過ぎるあまりで、これ以上の走行は困難だと判断し、やむを得ず断念しました・・・。泣

ちなみに距離は千歳ー島松?、16q地点で棄権。 帰りはバスで帰りました、はい。。。

IMG_7997.JPG

実家から徒歩5分で近いとこに最近オープンしたばかりのラーメン屋、えびらーめんが美味い!えび好きの人にとってはおススメできる店かも。

■11月■

ー11月2日ー

2年5ヶ月ぶりに社会人復帰。

入社式、ドラゴンっていう音声文字変換翻訳ソフトで通訳してくれているが、誤字が多くて人事担当がやむを得ずPC通訳してもらいました。(^_^;)

IMG_8063.JPG
IMG_8059.JPG
IMG_8060.JPG

幼なじみの2人。うん、相変わらず元気そうで何よりだ。

IMG_8058.JPG

久し振りに見たスカイツリー。

IMG_8091.JPG
(神奈川県横須賀)

日本に帰国して3月以来ずいぶんご無沙汰だった、8ヶ月振りのプチ旅。

IMG_8100.JPG

なんとなくカレーを食べてみたいなぁと思ってわざわざ神奈川県の横須賀&ペリー来航した浦賀へ。

IMG_8128.JPG

正直言って、2年近くも世界を旅してきたせいなのか、なんか旅自体が飽きてしまってて....。

それで、しばらくの間は旅を控えてインドアへスイッチオンしてました。(^^;;

IMG_8126.JPG

で、今回久しぶりにプチ旅で浦賀に訪れてみて、


ああー...なんだろ、


あの感触...なんだか懐かしい...。


自分が行ったことがない、踏み入れた事がない未知の世界に


ウチの冒険心を何回も掻き立ててくれたんだっけ、


世界一周の旅で...。

IMG_8149.JPG

世界一周とまったく関係ない場所で、なぜか世界一周の旅を懐かしく思い出してしまったウチでありました。

IMG_8133.JPG
(ペリー氏はメタボのようでした)


あ、どうでもいい話ですが、

日本歴史上、ペリー氏来航が日本の未来を大きく変えたのは事実で、

もしペリー氏が浦賀に来なかったら、日本の未来はどうなっていたのか?鎖国・江戸幕府の時代はどこまで続いていたのか?

IMG_8158.JPG

日本の未来はどうなっていたんだろうと妄想していたウチでした、はい。。

IMG_8153.JPG

あと、ペリー来航してきた場所が浦賀だというのを今頃知りました。苦笑(てっきり横浜かと...)

IMG_8160.JPG
IMG_8161.JPG

横須賀名物カレー。味はどこでもある一般カレーと変わりませんでした

IMG_8163.JPG

カレーソフト。単にカレーパウダーが入っているだけで、味は微妙でした(^_^;)


12358135_1702539886681348_792779182_n.jpg
S__18063371.jpg
IMG_8174.JPG

関東で久々に友人たちと再会し、夜遅くまでくだらないトークとかでワイワイしました、はい。


■12月■

20151231_3650.jpg

スカイマークの飛行機で3ヶ月振り&社会人復帰初の帰省、久し振りに地元の先輩後輩と再会。

IMG_8221.JPG

元寄宿舎の先輩、1人(右)は20年振りに再会。もう1人(左)は十数年振り。やっと再会できてよかった。。。

IMG_8208.JPG

先輩後輩と呑む前の一日前、帰省で北海道・千歳に着いてすぐ札幌へ直行し、同級生たちと恩師の先生と一緒に呑んだ。

同級生や先生は相変わらず元気そうで何よりだった。そんな中でショックを受けたのが、高校教師、A先生が去年に亡くなったのこと。

そのA先生は、理科の先生でそこまで親しい関係ではなかったが、卒業日に理科の教室でA先生からあるビデオをもってきて、「見てごらん」テレビに映りだされたのが、A先生が若い時にヒマラヤ山脈に遠征した映像だった。

当時のウチ(高校3年)は山に興味がなかったが、ヒマラヤ山脈頂上に立ち、日本国旗を揚げて笑顔で笑っているA先生の姿を見て、「すっげぇ・・・・。」と少し心が震えていたのを今でも覚えている。


あれから13年、


現在のウチは3年前(当時28歳)に山にハマり、国内や世界各地の山まで登った。

そして今回、北海道に帰省し、久し振りに再会した恩師の先生の顔を見て、A先生の事を思い出したウチは、

「A先生、元気していますか?もし逢えたら、山のことを語り合いたいです。」

とA先生の所在地を教えてほしくてお願いしたら・・・


「実は・・・・A先生、去年の3月に亡くなったんだ。」と。


予想外の言葉にショックを受けた。

「うそだろ・・・・?」 

実を言うと、高校の時に見せてくれたヒマラヤ山脈遠征の映像、もしA先生がまだ生きていたら、ヒマラヤのどこの山に登ったのかを聞きたかった。

ヒマラヤ山脈遠征の中で辛かったことや頂上に立った時にどう感じたのか、A先生が見たヒマラヤの景色はどうだった?などの感想も聞きたかった。

「山って本当に面白いね!!」とA先生と一緒に酒でも呑みながら山を語りたかった。

ウチが旅してきた世界各地の山の体験談をA先生に話してみたかった。

なのに、

やっと山にハマってきた頃に

A先生はもうすでにこの世にいないなんで・・・。

本当に悲し過ぎる。

恩師の先生にA先生について何か知っているのかを尋ねると、

「A先生、大学時代は山岳部に所属していて、正真正銘のクライマーだったよ。」

まじか・・・。もっと早めに山にハマっていれば、A先生と再会できてたくさん山を語れたんじゃないかな・・・と激しく後悔した自分がいた。

だからといって、いくら後悔しても、A先生はもう二度とこの世に戻ってくることはない。

だったら、

A先生にヒマラヤ山頂でどう感じたかを聞けないかわりに


今度は自分自身で


ヒマラヤ山脈に登り、


自ら頂上に立ってみて、どう感じたかを自ら知ることで、「A先生もこんな感じで笑顔で笑っていたんだね。」とA先生の気持ちを理解できたらいいなと思った自分でありました、はい。


あと、


自分も、皆も、いつ死ぬかわからない。


だから、今生きているうちに親と友人の付き合いと新しい人の出逢いを大事にしていきたいなと改めて認識された年末年始の出来事でありました・・・。

IMG_8213.JPG

どうでもいい話だが、同級生たちと呑んだ後の帰り、なぜか帰りと逆の行き先の列車に乗ってしまい、気が付けば着いたのがウチの母校近くの銭函駅だった・・・。

IMG_8215.JPG

母校に戻ってこいの暗示なのだろうか?(^_^;)

IMG_8214.JPG

30代過ぎても相変わらずですな、同級生2人は。

IMG_8216.JPG

札幌のテレビ局。うん、デカくて綺麗なイルミネーションですなー。



■■2015年を終えてみて■■


今まで31年間生きてきた中で、2015年が一番苦しかった一年だった。


山旅世界一周の為に会社を辞めた時は、「10年働いてきたウチが人生初めて”自由”になったんだ。」と歓喜し、2年間、自分の好きなことばっかりやってきた。


世界一周を終えて(強制終了)帰国した後に気付く、2年間ずーっと逃げ回ってきたウチが舞い戻ってきた”現実の世界”に


「あ・・・ウチ、無職やったな・・・。」と。


1月に就活を始めたのも、正直言って「自分の未来はどうなるんだろ?前の会社にやめなきゃよかったと後悔しないのだろうか?給料は前職より安くなって苦しい思いをする事になっちゃうのかな?」と先が見えない未来に不安だらけの日々の生活を送っていた。

金がないと単なる貧乏になるだけではなく、心まで貧しくなるというのは本当らしく、

なぜか「誰も逢いたくない」と自ら引き籠るようになってしまった。


就活スタートしてから入社するまでの半年以上は一回も人と逢う事は無かった。


就活の方で「夢を実現したいです」と自分の想いを正直にぶつけようと応募先の数十社に伝え続けるのも、結局は不採用通知の連絡が来るばかりで、


「夢の続きを見るのをやめようかな。給料安くてもいいから、早く仕事を見つけて楽になりたい・・・」と


まじで

まじで

挫折しそうになった。


本当に先が見えない未来に不安だらけのウチが不採用通知の山が来たらさすがに心が折れそうになった・・。(^_^;)


清掃員になってもいいから、早く仕事を見つけよう、まじで夢を諦めようと真剣に考えていた時に、


転職エージェント会社の担当者から言われた言葉があって、

「あなたは山旅世界一周プロジェクト活動したことを堂々とアピールするべきですよ。ネットでも貴方の名前が出てますし、隠すよりはましかと。夢も堂々と語るべきです。」


どこかで はっと目が覚めた。


そうだった、前も夢を実現する為に覚悟を決めて10年勤めた前の会社を辞めたんだ。


今は夢の途中に終わってしまっただけで、夢の続きはまだ終わっていない。


なのに、ウチは楽になりたいという理由で人生を投げ出そうとしていたとは・・・。


仮に人生を投げ出してしまったとしても、実際に山旅世界一周したという過去は消えないし、


さらに過去を隠し通そうとしてもいつかは会社にバレるのも時間の問題だし、


仮に仕事を見つけて働けたとしても、心はスッキリせずモヤモヤ感が残ったまま一生苦しみ続けるだろう、


死ぬまで永久に。


そして


最期に「あの時は人生を投げ出さずに最後まで頑張ればよかった・・・」と無念の表情で生涯を閉じることになるだろう。


そう考えると、人生を放棄するのが怖くなってしまった。


そうだった、ずっと想い続けてきた念願の夢を実現した時は感動と幸福感が半端なかったが、世界一周を終えて帰国した後に襲ってくる


大きな”喪失感”


がめちゃ半端なくて、心がポカリと穴が空いてしまい、


「これからはどうしたらいいんだろう。何のために生きているんだろう。」


といった無力感まで襲われてしまい、この苦しみを3ヶ月間続いてしまったことがあった。


そう考えると、やはり”夢無しでは生きていけないんだなぁ”と改めて痛感。


ウチはどうやら”夢”という呪縛から逃れられない運命になっているみたいだ。


残酷だが、こんな運命は世界一周の時から始まっていたのかもしれない。


結局、夢の続きを選んだウチは最後まで自分の想いを応募先の会社に伝え続けた事により、やっと内定をいただけることになった時にウチはこう思った。


「何事も諦めずに最後までやり通せば、必ずいい結果をもたらしてくれるってのは本当だったんだな」と初めて知った。


ホントにこの世はやってみないとわからないだらけの世界だ。


もし、夢を捨てて生活第一を優先に仕事を探せば、すぐは見つかるだろうけど、ウチは夢にこだわって9ヵ月も遠回りをしてまで仕事を見つけたのは、

”一番の近道は遠回りだった、遠回りこそがウチの最短の道だった”


自分が選んだ選択は間違っていなかったと信じたい、自分の未来のために。


さあ始めようか、夢の続きを。  


※追伸、ウチが働いている会社、数年前に労働環境がすっかり改善されていてホワイト企業へ成長したそうで、スーパーブラック企業だったという話は昔の話のことでした。

どうやらウチは就活関係のネット情報に踊らされてしまったんだなぁと入社して知り、改めて痛感しました、はい。苦笑


 2015年の思い出  おわり。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。